お尻に矢が刺さった忍者。弓を射っている武士はギャラリーの壁に直接描いたものです。

 

天井に描いてあった忍者。エモサイの始まるまえに、脚立のてっぺんに乗って描いたものです。
気がついた人はどのくらいいるのかしら?




一方こちらは、床に描いてあります。窓の下の床。
なんかの穴が二個空いてるんだよね。下まで通じてるみたいでした。
で、この人のセリフ「KONO ANAA NANNDABEE・・・・・」この人けっこう受けてました。




右に見えるのが、BBSでもおなじみ徳川慶喜。
慶喜の上の方にいるのがお尻に矢の刺さった忍者。画面中央青い鳥居が水天狗。




ごめんなさいね、カメラが写っちゃってますね。
部分的に天井の方からお札が降っている絵も描いてあるんですが、ちゃんと写ってませんね。
ともかく、けっこうな人数が描いてあります。




またもや、カメラが写っちゃってますが反対側。

さて、一通りsweet history(日本編)の作品は観てまいりましたが、事後報告も最後に近づいてまいりました。では、これからは最終日に行いました、クロージングセレモニーの様子をば、説明してまいります。クロージングセレモニーに集まっていただいたのは、小山さん始め、ギャラリースタッフ、え~、KABUKI Show!!をお手伝いいただきました関係者の方など、10人くらいで、ひっそりと。↑のおすいのセリフ↓

1853年(嘉永6年)アメリカからペリー提督が4隻の黒船を率いて浦賀の沖合いに姿をあらわした。幕府に開国を迫りに来たのである。ペリーは大統領の国書とは別に、白旗を2本幕府に渡していた。それには手紙が添えられ「開国要求を認めないならば武力に訴えるから防戦すればよい。戦争になれば必勝するのはアメリカだ。いよいよという時にはこの白旗を押し立てよ。そうすれば和睦しよう」と。
翌1854年(安政元年)ペリーは再び神奈川沖にやってきた。交渉の末幕府はアメリカの要求に応じ同年3月日本は開国した。

さて、このころの民衆はどうしていたのか?開国による生活苦に悩む民は、もはや幕府の政治をあてにしてはおらず、幕府にかわる別の政権の登場を待ち望んでいた。そのため、世直しを訴える百姓一揆や打ち壊し、そして「ええじゃないか」といって踊り叫ぶ騒ぎが全国で流行した。

それから13年後の1867年(慶応3年)第15大将軍徳川慶喜は徳川家が幕府という形で政権を維持することはもはや不可能であるとみて、征夷大将軍の地位を朝廷に返上した。

そして時代は明治へと文明は開花していくのでありました。」



そしておもむろに、床に絵を描き始めたのです。それにしてもすごいカッコになってる。

 

 

もうなにがなんやら。で、何を描いてるのかと言うと・・・

 

ざん切り頭をたたいてみれば文明開化の音がする

これにて、sweet history(日本編)終了でございます。




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